リサーチユニット総覧(Research Unit Magazine)

パルテノン神殿 〜その装飾の意味は??
パルテノン彫刻研究リサーチユニット

代表者:長田 年弘    中核研究者:中村 義孝  仏山 輝美  
他のメンバー:木村 浩  大原 央聡  

水田 徹 篠塚 千恵子 渡辺 千香子 櫻井 万里子 師尾 晶子 金子 亨 布施 英利

キーワード: パルテノン、彫刻、古代ギリシア、古典考古学、美術史

 

14nagata01 パルテノン神殿の装飾は、紀元前5世紀前半に戦われたペルシアに対する民族戦争について表現するために作られたものだと考えられています。古代ギリシアの人々は何を美術に求めていたのでしょうか。その装飾の意味を考え、パルテノン神殿の装飾に新しい問題提起を行うため、本リサーチユニットでは古典期アテナイ美術について解明し、ロンドンの大英博物館と、アテネの新アクロポリス美術館の彫刻群を撮影し、調査を行います。

図1:ロンドン、大英博物館、パルテノン彫刻展示室における調査 2008 年(長田撮影)

図1:ロンドン、大英博物館、パルテノン彫刻展示室における調査 2008 年(長田撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイデンティティの確立

 パルテノン神殿は、神殿自身がペルシアに対するギリシア世界の勝利を象徴しています。自由と民主主義を標榜するアテナイは、このような形で、ギリシア世界に政治的メッセージを伝えていたようです。例えば、巨人族、アマゾン族、トロヤ人、ケンタウロス族という「他者」像という、現実には存在しない神話の内容が積極的に利用されました。自民族のアイデンティティを確立し、異民族の特徴を定型化する際に、美術作品が社会的メディアの役割を果たしたと考えられます。

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図2:パルテノン・フリーズ浮彫西面アテネ、新アクロポリス美術館 2011年(長田撮影)

 

 

 

 

社会的メディア?? それとも!?

図3:パルテノン神殿 東正面より 2007 年(長田撮影)

図3:パルテノン神殿 東正面より 2007 年(長田撮影)

 しかしながら、その社会的メディアというのも、あまりにも今日的な見方で、もしかしたら時代錯誤と言うことが考えられるのではないでしょうか。パルテノン神殿は、社会的メディアの一つという考えがある一方で、ただ信仰の産物だったともいえます。8割が信仰の産物で、2割が社会的メディアの役割なのか、それとも逆なのかということは、その当時の生きている人に聞いてみなければわかりません。
 その他にも、パルテノン神殿というのはギリシアのオリエント文化に対する優位性を保つために建設されたと考えられますが、ギリシアの内紛がおこると有力者はペルシアに亡命しており、ギリシアとペルシアは戦争時には敵味方であったとはいえ、上層階級同士は非常にコンタクトが多く、ギリシア文化がオリエント文化の影響を受けた具体例を挙げていくと、単純想定されていたギリシア対ペルシアの対立がひっくり返るのではないかという疑問が出てきます。このように、既存の歴史像に問題意識を持ち、美術史と歴史学など異なる領域からパルテノン神殿建設の経緯を再考しています。

 

 

社会への貢献・実績

● 私たちの常識は、他の文化から見れば、非常識なのかもしれません。私たちの見方や世界観が、もしかしたら簡単にひっくり返るかもしれないこと、一度真剣に、心の中をのぞきこんで考える必要があることを、歴史学は教えてくれるように思います。