聴(Tsukuba Communications)

「ヒッグス粒子」って何?

世紀の大ニュース!?
記者会見の当日、会見場となった欧州合同原子核研究機構(CERN)の大ホールからは、会見の模様がウェプ中継で世界中に流されました。会場を埋めた
研究者、ウェプ中継を見つめていた日本の研究者は一同満面の笑みで、その成果発表に大満足の様子です。しかし、その映像を流したテレピニュースや翌日の新聞記事を見た一般人は、なんだか狐につままれた感じでした。なにしろ、「ヒッグス粒子発見」という報告ではなかったからです。「ヒッグスとおぼしき新粒子である確率が99・99995~99・99998%で確認された」というのです。
国際チームに筑波大学も参加

今回、スイスで発表された研究成果の1つ、ATLASチームには世界38カ国3000人以上の研究者と大学院生が参加しています。本学からも数理物質系の金信弘教授と原和彦准教授らの研究チーム、卒業生などが参加しています。
9月1日には、両先生による一般公開講演会「世記の大ニュース『ヒッグス粒子』って何?」が本学春日講堂で開催されました。両先生の講演内容と補足説明から、ヒッグス粒子についての疑問にお答えします。

万物の質量の素?
ヒッグス粒子とは、万物に質量を与える素粒子なのだそうです。そもそもこの世を構成している基本物質が素粒子です。
素粒子というと、電子、陽子、中性子、ぞれと濁川秀樹博士がその存在を予想した中間子などといった名前しか恩い浮かばないのは、ウン十年以上前に物
理ファンを卒業した証拠。素粒子をめぐる研究はどんどん進み、1970年以降に固まった、その名も「標準モデル」と呼ばれる理論では、素粒子は、物質を形づくる基本粒子(物質粒子)と力を媒介する基本粒子(力を伝える粒子)の2つに大別されています。物質粒子は6種類のクオークと、電子の仲間とニュートリノの仲間からなる6種類のレプトンの計四種類。力を伝える粒子は、光子(電磁気力)、グルン(強い力) 、WやZという名前のウィークポソン(弱い力)です(図1) 。以上が基本の素粒子で、たとえば陽子は、3種類のクォーク、クォークを結ぶグ
ルーオン、グルーオンが一時的に変化したクォークと反クォークなどで構成されています。
これに加えて、基本粒子に質量を与える素粒子としてその存在が想定されたのが、今回話題のヒッグス粒子です。とれまでに練り上げられた理論と実験デ1タを総合すると、ピッグパンによって宇宙が誕生した直後に存在したすべての素粒子には、質量がありませんでした。空間は「真空」状態で、粒子はみな、いかなる抵抗も受けずに光速で運動していました。しかし宇宙は膨張するとともに冷えていき、たとえば水蒸気が水になるように、真空中にヒッグス粒子が充満していきました。ここで私たちを温乱させるのが、粒子すなわち粒つぷが充満するというイメージです。ぞれは言葉に引きずられているから。そうではなく、ヒッグス粒子が充満した「ヒッグス場」が形成されていると考えるのだそうです。光子が電磁場の中を伝わる波のような存在であることを思い起こしてください。ヒッグス粒子で埋め尽くされた「真空」中を他の素粒子が動くとき、ヒッグス粒子の抵抗を受けます。そのときの抵抗の大きさが「質量」で、それは素粒子とヒッグス粒子との「相性」で決まります。光子はヒッグス粒子との相性が悪いので無視されます。だから光子は宇宙開闢以来質量ゼロのままで、高速で動けるのです。
 では、それほど重要な役目を担っているヒッグス粒子の正体はなぜこれまで不明だったのでしょうか。実は、標準モデルではヒッグス粒子の質量を予想できません。ただ、さまざまな実験結果からおおよその質量範囲がわかっており、そのような重い粒子を真空からたたき出すには、従来の加速器では能力不足であることがわかってきました。高エネルギーに加速した陽子どうしを衝突させれば、陽子を構成する素粒子どうしの衝突・融合が起こり、そこからヒッグス粒子が飛び出します。その頻度は予想できました。ただし、飛び出した粒子が見えるわけではありません。発生するエネルギーを計測し、多数のコンピュータを用いた計算によってその存在を突き止められる核心が得られたのです。
 ヒッグス粒子探しが始まった1980年代後半に利用できた最大の加速器は、シカゴ郊外のフェルミ国立加速器研究所にある手羽と論加速器でした。ここでは2005年にヒッグス粒子の質量の上限が決定されました。しかしそれ以上精確にヒッグス粒子の質量を割り出すには、加速器のエネルギーが不足していました。
 そこで登場したのがCERNの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)です。LHCでは2011年から本格的な実験が可能となり、今回の発表につながりました。LHCはジュネーブ郊外のCERN研究所の地下に設置された世界最大、周長27キロの粒子加速器です。ほぼ山手線に匹敵する規模です。陽子を4TeV(4兆電子ボルト=光速の約99.999997%)に加速して正面衝突させられます。
 光速に近いスピードに加速した陽子どうしの衝突により、ヒッグス粒子が出現しますが、すぐに崩壊して別の粒子に変わります。その反応を巨大な検出器で観測するのです。2つの観測装置のうちの1つが、ATLASと呼ばれる巨大な検出装置です。
 研究チームは実験とデータの解析を進め、発見した新粒子が「標準モデルのヒッグス粒子」と一致するものなのかについての結論を年内には得る見込みです。しかしそれですべてが解決するわけではありません。
 ヒッグス粒子は今回発見されるはずの1種類だけなのか?やがて重力のなぞもこの発見をきっかけに解決するのか?
 LHCは来年1年をかけて改修され、さらなるパワーアップを果たす予定だそうです。そのとき、どのような謎が解明されるのでしょうか。新たな謎解きは、まだ始まったばかりなのです。

原和彦准教授(数理物質系)