リサーチユニット総覧(Research Unit Magazine)

人間は《修行》をする動物である
東西哲学における修行の系譜学リサーチユニット

代表者:津崎 良典    
他のメンバー:佐久間 秀範  桑原 直巳  吉水 千鶴子  井川 義次  

リアナ トルファシュ

キーワード: 修行、仏教学、キリスト教学、中国哲学、西洋哲学、比較思想研究

20tsuzaki01 人は、《真理》というものを捉えようとしたら、自分の今の生き方を修正する必要があります。そこで登場するのが《修行》です。《修行》は、インド、中国、ヨーロッパの各文化圏のどの文献で、どのように考察されているのでしょうか。そこにはどのような類似と相違があるのでしょうか。このような問いを比較思想という研究手法をもって、宗教学、倫理学、そして哲学の教員が共同して解明する研究をしています。

 

この地球に《修行》なき文化圏は存在しないのではないか?

 一言で《修行》といっても多種多様です。たとえばキリスト教文化圏のなかでも東方教会には、座位前傾姿勢、呼吸の制御、心臓への意識集中、「イエスの祈り」の復唱に代表されるアトス静寂主義があります。また、『霊操』という本を執筆したロヨラを創設者とするイエズス会に代表されるカトリック修道会には、良心の究明、黙想、観想、口祷、念祷といったものがあります。インドや日本の仏教文化圏には、瑜伽行と呼ばれる瞑想法、密教に顕著な曼荼羅などのヴィジュアルツールを用いた成就法などがあり、中国には、宋儒の静坐や道教の霊光・内丹・周天といったものがあります。

図1:修行に関わる関連書籍

図1:修行に関わる関連書籍

 ここに列挙した様々な文化圏における《修行》はいずれも比較しようがないように思われます。しかし、本当にそうでしょうか。本リサーチユニットはそのような問題意識から出発しました。そこから主に二つの問いに答えようとしています。まず、それぞれの文化圏で独自に生成展開したように思われる個々の《修行》は何らかの接点のもとにあるのではないかという問いです。ここでいう接点とは、端的にいえば《異文化交流》のことです。様々な一次資料を解読することでこの《異文化交流》を実証的に解明しようとしています。ついで、なぜ《修行》という行為はいつの時代のどの文化圏にも何らかの仕方で存在しているのかという問
いです。これらの問いを考察するうえで注目に値するのが、現代フランスの卓抜した古代ギリシア哲学史家であるP・アドの主著 Exercices spirituels etphilosophie antique(1993年)、アドに啓発されたM・フーコーの講義録 L’herméneutiquedu sujet(2001年)です。いずれも本リサーチユニットに大きな着想を与えてくれています(図1に写真)。

 

 

 

 

 

 

 

 

宗教学、倫理学、そして哲学の研究に《領域交差》を引き起こせ!

 本リサーチユニットは、学際性(interdisciplinarity)ではなく領域交差(intersection)を理想としています。学際性とは、すでに他の主題との境界線が特定されている或る主題を様々な既存の手段をもって研究するように、既成の諸学問のあいだで計画的に打ち立てられた協力体制のことです。このような協力体制は、未知の問題を斬新な方法で考察することが基本的にはありません。個々の研究領域を別け隔てる既存の境界線を変更しようとしないから、本当の意味での新機軸は生まれてこないのです。しかし領域交差は、このような境界線を打ち破り、まったく新しい研究課題に今まで誰も試したことのない方法で取り組むことを意味します。本リサーチユニットは、このような研究姿勢を重視しています。そのために、学内からは、文化人類学、民俗学、歴史学などを専門とする研究者を巻き込みながら、学外からは、ハーバード大学やハンブルグ大学の仏教学・インド哲学の研究者を本学に招きながら、多角的な研究をダイナミックに行おうとしています。

 

社会への貢献・実績
図2:連続学術講演会の様子 (2015年3月10日、学習院女子大学にて)

図2:連続学術講演会の様子
(2015年3月10日、学習院女子大学にて)

●「 東西哲学における精神的・身体的な修行」に関する国際ワークショップ開催
  2014 年9 月28 日(筑波大学Tsukuba Global science Week 2014)
●「 近世ヨーロッパにおけるヘレニズム哲学の
  受容、批判、および新体系構築のための活用」
  に関する連続学術講演会
  2015 年3 月6 日-15 日(日本各地で開催)
( 図2)