TSUKUBA FUTURE

#044:エピゲノム解析レスキュー隊

代表者 : 村谷 匡史  

医学医療系 村谷匡史(むらたに まさふみ)准教授

 ヒトゲノム(遺伝子情報の総体)解読が完了し,最近は遺伝子検査を受け付ける会社まで登場しています。まるで,ヒトの遺伝子は解明され,遺伝子ですべてがわかる時代になったかのようです。しかし,そんなことはありません。私たちの体の細胞は,すべて同じ遺伝子のセット(ゲノム)をもっています。なのに,皮膚になる細胞もあれば,肝臓になる細胞もあります。細胞の中ですべての遺伝子が働いているわけではないからです。適切な遺伝子をオンにしたりオフにしたり複雑な仕組みがあって,それが要所要所で働いているのです。

 場違いなところでタイミング悪く遺伝子がオンになると,細胞が暴走してがん細胞になったりします。村谷さんは,胃がんの細胞で異常に働いている遺伝子が,じつはヒトの体を作る過程で重要な働きをする遺伝子であることを発見し,そのスイッチをオンにする遺伝子領域も突き止めました。遺伝子のスイッチがオン・オフになる過程は遺伝子修飾,その仕組みはエピゲノムと呼ばれています。村谷さんは,微量のサンプルからこのエピゲノムを探る手法を開発し,上記の発見につなげたのです。  

 

 村谷さんは,白衣を着て実験をする研究者にあこがれていました。筑波大学を卒業後,アメリカに留学し,DNAからタンパク質が合成される仕組みを研究しました。その後,各種生物のゲノム研究が盛んになりました。大きな研究グループに属する研究員が分担して進める研究です。村谷さんは,シンガポールゲノム研究所でのポスドク時代にビジネスデベロップメントの仕事もしながら,研究グループの駒の一つになるのではなく,自分にしかできないことは何かと模索しました。そこで見つけたのが,微量臨床検体の解析という仕事です。臨床検体というと,良性腫瘍か悪性腫瘍かを調べる病理検査を思い浮かべがちです。しかしここで言うのは,組織検体から病気の直接的なメカニズムを解明し治療薬の開発につなげる解析です。その場合,スイッチがオンになって病気を引き起こしている原因遺伝子を釣り上げる必要があります。遺伝子の自動解析の手法は確立しているのだから簡単にできるんじゃないかと思ったら大間違い。突然変異を起こしている遺伝子では使える手法も,眠っている遺伝子がスイッチの切り替えで起こされて悪さをしている場合には使えません。

 



あこがれの仕事で自分の特技が発揮できることがうれしい

 そこで村谷さんの出番です。村谷さんは,酵母,培養細胞,幹細胞,マウス,臨床検体とさまざまな研究材料を扱い,遺伝子情報をコンピュータで解析するバイオインフォマティクスを含めて多様な実験手法を会得し,他分野の研究者や企業との共同研究を通して幅広い経験を積んできました。共同研究のプロとして養ったノウハウを活かし,ほしい情報を見つけるために微量サンプルを調整して狙う遺伝子を釣り上げ,精製して次世代シーケンサーに流す,そうやって得られた情報を解析(インフォマティクス)するという工程の入り口から出口まで,すべてできてしまうのが売りです。村谷さんはこれを,冗談めかして「ワンストップ・ゲノミクス・サービス」とか「国際救助隊」と呼んでいます。



建物耐震工事のせいで今はまだ間借り状態。
ただし必要最小限の機材があれば,
どこのラボの片隅でも研究はできる。

 筑波大学附属病院にはつくばヒト組織バイオバンクセンターが設立されています。診療で採取した組織や血液などの残りを研究用に提供する組織で,来歴の確かな検体試料を研究に活用できます。目下,村谷さんは筑波大学医学医療系診断病理研究グループ(病理部)と協力して,肺がん細胞の試料などを用いた発がんメカニズムの研究に取り組んでいます。特に,がんと診断される前の細胞ががんへと移行する仕組みに未知の魅力を感じています。その他,2016年に国際宇宙ステーション「きぼう」に打ち上げられる予定の宇宙ネズミの研究チームに参加しているほか,宇宙に滞在する宇宙飛行士の血液サンプルを解析する「血漿中核酸のゲノム・エピゲノム解析」の代表研究者でもあります。シンガポールでは,国が若い人の起業を支援する積極的な姿勢に共感を覚えました。しかし日本には日本に向いた別の支援体制がありえます。村谷さんは,自分の経験に照らし,学生やポスドクを自分なりの仕方で支援していきたいとも思っています。それもレスキュー隊員の使命なのだと意気に感じて。