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#038:血液腫瘍の分子標的治療を目指して

医学医療系 坂田麻実子准教授

坂田さんが主に研究しているのは悪性リンパ腫。血液中を流れるリンパ球ががんになる病気です。初期にはリンパ節が腫れることが多く、さらに進むと熱が出る、体重が減る、寝汗をかくといった症状が出る病気です。白血病よりも多い血液がんですが、数10種類以上のサブタイプ(亜型)の悪性リンパ腫が知られており、それぞれ病態や治療法は異なります。悪性リンパ腫の主な治療法は抗がん剤による化学療法ですが、近年は病因となる遺伝子変異が次第にわかってきたことから、こうした遺伝子変異を標的とした治療方法を開発しようという試みが始まっています。 坂田さんの研究チ-ムでは、悪性リンパ腫の中でも、「T細胞リンパ腫」というがんの研究をしています。坂田さんたちは、たくさんの患者さんから提供された試料のDNAについてそのすべての遺伝子(ゲノム)を調べてみました。その結果、T細胞リンパ腫の仲間の一つで、高齢者での発症頻度が高い「血管免疫芽球性T細胞リンパ腫」のおよそ70%において、特定の遺伝子RHOAに変異があることを見つけました。この遺伝子は、細胞内の重要なシグナルのスイッチをオンにしたりオフにしたりするタンパク質の遺伝情報を担う(コードする)遺伝子で、生命活動に大変重要な役割を担っていると考えられています。



 

 

坂田さんたちの発見でさらに注目すべきは、そのRHOA変異は、数多い「血液のがん」のなかで初めて見つかった変異だったことです。つまり、「血管免疫芽球性T細胞リンパ腫」に特徴的な遺伝子変異だったのです。「血管免疫芽球性T細胞リンパ腫」のような悪性リンパ腫の診断にあたっては、これまでは病理組織検査といって、リンパ腫の切片を顕微鏡で調べる検査が中心でした。ところが悪性リンパ腫は、そのような従来の方法のみでは診断が難しいケースがしばしばあります。坂田さんたちが「血管免疫芽球性T細胞リンパ腫」に特異的な特徴を見つけたことで、RHOA変異の有無を調べることで、正確な診断が下せるようになると期待されます。現時点ではまだ、研究室での煩雑な解析が必要ですが、坂田さんたちは目下、この遺伝子変異を実際の診断に用いるための研究開発に取り組んでいます。さらには、RHOA変異によってできた異常なたんぱく質だけを標的にした特異的な治療薬(分子標的治療薬)が開発できれば、この悪性腫瘍の治療法が見えてきます。坂田さんたちは、その開発にも取り組んでいます。

坂田さんが所属する筑波大学病院血液内科では、外来診察や病棟診療に加えて、「血液のがん」や「血液がつくられる仕組み」の研究を精力的に行っています。病気を治療しながら、病気のそもそもの原因、診断、新たな治療法に関する実験的研究を同時に行うには、さまざまな苦労が伴います。しかし筑波大学病院では、その二つを両立させる臨床医科学者(Physician Scientist)であることを積極的に奨励しています。臨床医が研究も行うことは、研究面では、病気のことを理解しているため追究すべき点が明確になりやすい、また、臨床のネットワークを通じて研究用の試料を提供していただきやすいといった利点があります。一方、臨床面では、研究で明らかになった最新の知識を診療に活かしやすいという利点があります。

筑波大学病院の研究環境を診察・治療と研究に存分に活かしたいと語る。

白血球やリンパ球のがんを血液がんと呼ぶのに対し、胃がんや肺がんなど臓器のがんは固形がんという呼び方をします。血液がんが発症する仕組みの研究は、固形がんの場合よりも発症の過程が解明しやすいという事情があります。したがって、まずは血液がんの研究で蓄積した成果を固形がんの治療に活かせる可能性があります。がんの研究を志した坂田さんは、そうした理由もあって血液内科を選択しました。筑波大学は最新の分析装置などを共同利用できる態勢が整っており、素晴らしい研究環境に恵まれています。進行の早い悪性のがんを早期診断して治療する方法の一日も早い開発を目指しています。

 

2014年度優秀教員(ベストファカルティ)として表彰された。