注目の研究

後ろ向きに泳ぐ精子 — そのメカニズムと意義

代表者 : 柴 小菊  稲葉 一男  

2014/04/22 

研究成果のポイント

1. 海産の巻貝の一種マガキガイ(Strombus luhuanus)の精子が前進だけでなく後ろ向きにも泳ぐ(後進する)ことを見いだしました。
2. 放出された精子の束がばらけるときと、ばらけた後とでは、後進運動のメカニズムが異なり、2種類のパターンがあることがわかりました。
3. 精子の後進は、外界からカルシウムを取り込む結果生じる現象であることがわかりました。

研究の概要

筑波大学下田臨海実験センター柴小菊助教、稲葉一男教授のグループは、海産の巻貝であるマガキガイを用いて精子が後進運動する過程とそのメカニズム、生物学的意義の一端を明らかにしました。本研究は、精子は卵を目指し直進するという概念を覆し、これまで一部で知られていた精子の後進運動の生物学的な意義を明確に示した成果です。

本研究では、マガキガイの精子で2種類の後進運動を発見しました。精子は頭部どうしを結合させた数十の精子の束(精子束)の状態で放出されます。この精子束から精子がばらける際に、精子はまず最初に後進運動をすることを確認しました。多くの生物の精子は二つの屈曲から作られる鞭毛波を頭部側から鞭毛先端へと伝播させることで、前に進む推進力を作り出します。遊泳方向は二つの屈曲の対称性によって制御されます。しかし、マガキガイの精子は、精子束から離脱するとき、鞭毛先端が頭部より前で振動することで、結果的に精子自体が後進します。これは、精子の鞭毛波が頭部側から鞭毛先端へと伝播するにあたって二つの屈曲が極端に非対称化することによって引き起こされることがわかりました。

精子はその後しばらく直進運動を行なった後、一部の精子は再び後進運動を行ないます。このときの鞭毛の運動では、最初に見られた後進運動とは異なり、波が鞭毛の先端から頭部に向けて伝わります。このことからマガキガイは、全く異なる二つの後進パターンを示しながら状況に応じて後進することが明らかとなりました。以上の一連の変化はカルシウムを除いた海水では起こらないことから、精子が外側からカルシウムを取り込む結果起こる現象であることも明らかにしました。

 

図1 マガキガイ精子の2種類の後進運動の様子。上4枚は精子束から離れる際の後進運動。非対称の波を頭から先端に伝えることにより精子自体は後進する。下4枚は海水に希釈した一部の精子でしばらく後に見られる後進運動。波は先端から頭に向かって伝わる。矢印は精子が進む方向、矢じりはできた波が伝わるようすを示す。(スケールバー:10マイクロメートル)

 

 

図2 メスの受精嚢における精子の後進運動。左上は精子がメス受精嚢の上皮に頭部を付着させて貯蔵されている様子(電子顕微鏡像)。その左から精子(青矢じり)が受精嚢上皮から後進運動をして離脱し、再度(3:40分)方向を変えて前進運動する様子を示す。(スケールバー:20マイクロメートル)

 

動画 メスの受精嚢内で、その上皮から離脱するため精子が後進する様子。体内受精を行うマガキガイの精子は、交尾によりメスの体内に射精された後、受精嚢で貯蔵され、その後排卵された卵と受精する。

 

掲載論文

【題  名】 Autonomous changes in the swimming direction of sperm in the gastropod Strombus luhuanus

(マガキガイ精子遊泳方向の自律的変化)

【著 者名】    Shiba K, Shibata D, Inaba K. (柴小菊、柴田大輔、稲葉一男)

【掲載誌】    Journal of Experimental Biology, 217:986-996, 2014.

【掲載日】    2014年3月15日

 

左から、柴小菊助教、柴田大輔研究員、稲葉一男教授