ハロー先端科学(大学新聞)

現代シェイクスピア像を再考 文化間の優劣の払拭を目指す

代表者 : 吉原 ゆかり  

人文社会系 吉原 ゆかり 准教授

 「漫画ばかり読んでいないで読書をしなさい」。昭和30年代に悪書追放運動の対象とされ、子ども向け漫画雑誌が焚書されたように、漫画は時に「くだらない」ものとして批判される。一方、シェイクスピア(1564~1616)は大学英語の教科書の題材として活用されるなど、教育の場でも読むことが推奨されている。このように、文化は時に優劣をつけられる
ことがある。しかし、吉原ゆかり准教授(人社系)は作品を先入観にとらわれずに研究することで、シェイクスピア作品の娯楽性や、漫画が思想や社会情勢を反映することを発見し、文学作品に付けられた「当たり前」の価値観を払拭しようとする。
 『オセロー』、『リア王』などの4大悲劇や『ロミオとジュリエット』で知られる英の劇作家シェイクスピアは、作品が40億冊以上売れていると言われ、critical(批判的)という単語を作るなど、英語そのものにも大きな影響を与えた。また、英では現在でも繰り返しシェイクスピアの作品が公演されるが、観劇する前には現代英語訳を読み「予習」することが多い。
 このように現在は「高尚な文化」という印象のあるシェイクスピアも、生前は流行作家の一人だった。『ウィンザーの陽気な女房たち』の主人公、老騎士フォルスタッフは、2人の女性に同じラブレターを送るなど馬鹿で女に目が無い。物語ではラブレターを受け取った女性たちがフォルスタッフを懲らしめようと、テムズ川に投げ込む様子が描かれる。
 高尚とされるシェイクスピアのイメージは、18世紀、植民地帝国として拡大するイギリスが自国の文化の優位性を主張するために作り上げられたものだという。「敷居が高いというイメージのあるシェイクスピア作品だが、読んでみれば大衆的で親しみやすいことが分かる」と話す。
 その中で吉原准教授は、シェイクスピア作品を題材とした漫画に注目する。シェイクスピアの作品は著作権の有効期限が切れており、またあらすじも単純で作り変えやすい。『マクベス』を
もとにした、間久部緑郎の世界支配の野望を描く『バンパイヤ』(手塚治虫・小学館)や、『ロミオとジュリエット』を、ジュリエットの視点から少女漫画として描き直した『私の愛は私の命 ロミオとジュリエット』(いがらしゆみこ・双葉社)など、シェイクスピアに題材を求めた漫画作品は数多い。「手に取りやすい漫画で一般の人に読まれることは、シェイクスピア作品本来の大衆向け娯楽的性格を取り戻す」と語る。
 また、シェイクスピア作品を題材とした漫画は当時の時代背景を投影しているという。『鉄腕アトム』(手塚治虫・光文社)に登場する『ロビオとロビエット』という話では、1960年代の工業化、機械化が進む高度経済成長期の日本社会に対し、「人間らしい心とは何か」という問題を提起しており、当時の社会や思想を研究する材料になる。
 漫画のこれらの側面に注目することで、「くだらない」という偏見をなくし、新たな価値を発見できる。吉原准教授は「文化の優劣は絶対的なものではない。批判的な文学研究によって当たり前を捉え直すことが重要だ」と話した。