筑波大学生物学類教員紹介

真菌類を観察し続ける喜び

生命が誕生して約40億年。私たちの身の回りには多様な生物が存在します。 真菌類と呼ばれる、カビ・キノコ・コウボ。私達の身近なところで生活しており、その数は150万種いるとも推定されています。筑波大学菅平高原実験センターの出川洋介先生は、フィールドワークと顕微鏡観察を通して、真菌類 (及び偽菌類) の系統分類や生態などの研究に、精力的に取り組んでいます。今回は、出川先生に「真菌類の魅力」についてお話を伺いました。


菌類の不思議に心惹かれて

 出川先生が菌類に興味をもち始めたのは、子供の時。「小さい頃から色々な生き物が好きだった」という先生は、その中でも、キノコやコケなどのあまり詳しく紹介されない生き物が気になったそうです。自宅の周りでキノコを採ってきては図鑑と見比べて、同定していた先生は、「意外に身近な所に未知がある。こちらがその気になれば、興味深い発見ができることに、魅力を感じた」といいます。更に活動の幅を広げ、神奈川きのこの会というきのこ愛好家が集まる毎月の観察会に行ったり、そこの紹介で、神奈川県立博物館で学芸員の標本整理の手伝いをしたりしていました。

 中学生になると、変形菌に興味を持って日本変形菌研究会に参加。地衣類研究会にも参加しました。このように菌類の魅力に魅了された先生は、「将来、大学で菌類の学問を志そう」と一念発起して、中学校や高校での勉強を頑張り続け、いよいよ筑波大学に入学しました。そして、菅平の徳増征二先生のカビの研究室を勧められ、菌類研究を本格的に始めることになるのです。

自然界での生活を勘により培地上で再現
 出川先生が徳増先生の研究室に入り興味を持ったのは、「培養の方法やしくみ」でした。「今までフィールドでの採集や観察は行っていたものの、どうやって寒天培地の上で胞子から発芽させ再び胞子をつくらせることができるのか。そういった観点で菌類をみるのは、新鮮だった」と先生は語ります。

 培養の実験のためには、無数の薬品の中から、その菌が必要な培地の組成を選ばなけなければなりません。もちろん、培地の組成は、菌ごとに異なります。実験立証主義のような演繹的な手法のみを手がかりにして組成を決めるのには、限界があるといいます。

 そこで、先生は菌類の様子をよく観察しながら、培地の条件を選ぶようにしました。その菌が自然界ではどのような場所を好み、自然界の何を好んで食べるのか。フィールドでの緻密な観察によって培った勘で、自然界での生活を培地上で再現するのです。こうして、培養が成功すると、ある菌類の生活史を垣間みることができるようになります。

昔読んだ論文の記憶を頼りに発見
 菌類の生活史は実に多様です。たった1つの菌だけでも、多彩な生活の様子をみせてくれます。例えば、食用きのこであるヒラタケ。木材腐朽菌でありながら、驚くことに、線虫を捕食します。ほかにも、植物に寄生するさび病菌には、形態的・機能的に異なる胞子世代を、最大で5種類もつものもいます。

 更に、寄生先が極めて特殊な菌もいます。好例は、エニグマトミケス*1です。先生がエニグマトミケスを実際に発見した時のことは、面白い体験談になっています。実は、そのときはエニグマトミケスを探していた訳ではなくて、別の菌類を探していて、採取して培養していた土壌から偶然発見できたのです。かつて、エニグマトミケスは、どこに分類してよいか分からないまま報告された正体不明の菌でした。昔論文でその文献情報を目にした先生だったからこそ、文献情報からの記憶を頼りにして、当初は謎だった菌をエニグマトミケスだと同定することができたそうです。また、エニグマトミケスの菌糸が絡みついて栄養を得ている柄のようなものが、トビムシの精包だと突きとめました。これにより、エニグマトミケスは雌のトビムシに見つけられなかったり、選ばれなかったりといった理由で、残った精包の精子を分解して生きている菌だとわかりました。かくして、長らく謎とされてきた菌の実の姿が明らかになったのです。


分子系統解析と形態学的分類

 菌類の多様な生活史の解明は、系統分類にとって重要です。エニグマトミケスも、生活場所が解明されたことで発見も容易になり、だからこそ形態比較の手法によって、先生は分類を決めることができました。生活史は形態学的分類や生態学的分類に用いられますが、近年は遺伝子を扱う分子生物学的手法を用いて菌類の分類体系の見直しが進んできました。

 一方で、「分子系統解析の結果が旧来の形態学的分類と全く合わない」という難問も注目されています。たとえばスッポンタケ目という分類群は、分子系統解析のみにより単系統群とされています。スッポンタケ、ヒメツチグリ、ホウキタケという形態的・生態的に全く異なる3つのキノコが、ひとまとめにされているのです (写真参照)。そして、分子系統解析の結果を説明しうる形態的・生態的形質は未だに見つかっていません。 

 

1 スッポンタケ属(キヌガサタケPhallus indusiatus 高桑正敏氏撮影) 2 ヒメツチグリ属 (Geastrum sp.) 3 ホウキタケ属 (Ramaria sp.)

全ての生物学の結果が真の進化や多様性の手がかり
 出川先生には、筑波大学での学生時代、様々な思い出があります。もっとも心にのこっているのは、動物系統分類学の牧岡俊樹先生が授業のはじめに「分類学は生物学のAでありまたZである」と言っていたことです*2。

 生物学はどの分野の研究でも生物を材料として行われます。そして、生物学が再現性を必要とする科学である以上、同種の生物であることを保証する分類学が生物学の出発点 (A) には欠かせません。その一方で、分類学は、生物種の分類上の位置が正当であるか、あらゆる分野の研究成果から検証される必要があり、生物学の到達点や目標(Z)であるといえます。

 系統学の結果も分類学の検証に用いられるべきであり、2つは相補的な関係にあるはずです。そのため、前程の分類体系の問題解決には、形態的・生態的形質を捨てることなく、分子系統解析の結果を説明しうる「仮説」を立てる必要があるのです。

 「本当の進化や多様性がどうきたのかを知るには、分子生物学や形態学、生態学のあらゆる手法でも、使えるものはなんでも使うのが大事」。

 インタビューでそう語る出川先生の目には、とても複雑な状況に置かれている「菌類の系統分類学」にたいして、自分の仕事の意義が確かに映っているようにみえました。

「よく観察する」という姿勢を忘れずに
 「出川先生の話す生物の面白さは、授業で生物の話を見聞きするだけでは気づきにくいものです。でも、楽しい未知の菌類ワールドは、遠い所ではなく、案外身近な所に広がっています。そして、これは生物全体にも言えることです。私たちの足元にはまだ生態が不明であるばかりか、名前さえ付いていない生き物がいます。それも、気の遠くなるほど、たくさんの数の生き物です。生物多様性は、図鑑を見たり、話を聞いたりして覚えるだけでは理解できません。自ら動いて実物を観察し、よく考える。そうすることでようやく初めて、生物は私達の知らない姿を見せてくれるのではないでしょうか。

*1: 右記リンク (http://nh.kanagawa-museum.jp/research/tobira/archives/8-4/degawa.html) 先の神奈川県立生命の星・地球博物館の広報誌『自然科学のとびら』にて、出川先生が自ら詳しく説明されています。 *2:この言葉と理念は、筑波大学で教鞭をとる生物学系の先生方に語り継がれているそうです。