TSUKUBA FUTURE

#002:陽子線治療研究のパイオニア

代表者 : 堀江 和正  

陽子線治療(注1)には,加速器などの巨大な装置と専門的な人材が必要です。日本の大学で陽子線治療ができるのは筑波大学だけです。
一般的な放射線は人体を通り抜ける性質をもちますが,陽子線は体の中で止めることができるため,腫瘍の部分を鋳型でくり抜くように照射することができます。従来のX線治療よりも副作用が少なく,癌に対する効果が高い治療法です。これまでの臨床研究では,肝癌,前立腺癌,早期肺癌などで,手術にもせまる良い成績をあげてきました。現在では,他の治療法で治すことが難しい疾患,たとえば巨大脳動静脈奇形,頭頸部の悪性黒色腫,門脈塞栓を伴う肝癌などを対象に臨床試験を行っています。また,局所療法のみでは治癒の難しい疾患に対しては,免疫療法や薬剤と併用した集学的治療を行っています。たとえば,再発肝がんに対しては新規免疫アジュバント(注2),進行肺癌に対しては化学療法を併用した陽子線治療を臨床試験として行っています。
臨床での治療成績を支えるのが,放射線生物学,医学物理学の基礎研究です。放射線生物学分野では,陽子線がヒトの細胞DNAに生じる損傷を定量化して陽子線のエネルギーとの関係を数理化する研究,脳腫瘍細胞の放射線抵抗性と腫瘍幹細胞形質に関する研究,低酸素状態での陽子線の生物効果を明らかにする研究を行っています。また,局所的陽子線照射と特異的免疫療法を併用する治療法を開発するために,マウスの腫瘍モデルを用いた基礎的研究を行っています。

 

 医学物理学分野では,臨床に利用できる放射線技術を研究しています。陽子線をがん組織に集中させるための照射技術として,新しい強度変調照射法を開発し,治療時の再現性,安全性を検討しています。筑波大学で開発された呼吸同期照射法は臓器(肺や肝臓など)の動きに適応できる方法として,世界中の粒子線治療に大きな影響を与えています。人間の体型だけでなく腫瘍そのものも,治療中に大きさや形が変化してゆきます。このような体内情報を4次元画像データとして処理し,高速な線量分布計算の手法と組み合わせることで,日々の患者さんの状態に最適な照射位置と治療条件を実現するための研究をすすめています。また,次世代の期待される粒子線治療として,中性子捕捉療法の実用化について,加速器中性子源の開発を含め研究を行っています。 現在,筑波大学の陽子線治療は先進医療として認められ,多くの人に安全で有効な治療を提供できるようになりました。国内外の対象患者を広く受け入れると同時に,常に最適な治療を提供することによって,多くの人に希望を持ってもらえるような診療と研究を目指しています。

(注1)陽子は水素の原子核で,プラスに荷電した素粒子の一つです。陽子線治療は,この陽子を高エネルギーに加速した陽子線を使う新しい放射線治療です。(筑波大学陽子線医学利用研究センターHPより)
(注2)アジュバントとは薬物の作用を増強する物質の総称