TSUKUBA FUTURE

#034:「おたがいさま」の地域社会をつくろう

間系 塩川宏郷准教授


僻地医療に従事していた頃。福島県金山町診療所の雪かき(1991年2月)

 塩川さんの経歴はとてもユニークです。もともとは小児科医。へき地診療所勤務,大学病院小児科勤務の後,東ティモールの大使館医務官や少年鑑別所の矯正医官,東日本大震災の被災地といった,私たちがイメージする「病院」とは違った場面での医療活動に従事してきました。また,通常の診療にとどまらず,東ティモールでは内紛の中で育った子どもたちの心の問題を探ったり,少年鑑別所では発達障害を持った少年の生い立ちや家庭環境を調べたりするなど,関心の対象としては一貫して子どもの心と発達。特に家族や社会環境と子どもの心身の関係を中心に扱ってきました。現在は発達障害を持つ人と彼らを支える人々の支援のあり方を研究しています。


東ティモール駐在時代。 地元小学校での歯磨き指導支援(2009年3月)

 発達障害をもつ人は,どの地域社会の中にも必ずある割合で存在します。中でも注目すべきは,知的発達レベルは問題ないのに,お世辞や皮肉を真に受けてしまう,空気が読めないなど,他人や社会とのコミュニケーションがうまくできない人たちです。視覚・聴覚障害や肢体不自由とは異なり,障害が周囲から気づかれにくいため,いじめや虐待にあったり,叱責や罵倒など言葉の暴力を受けていたりすることが多いといいます。困ったことがあっても,どうやって助けを求めたらよいのかわからない局面もしばしばあります。犯罪を犯した人に発達障害があると,その部分がことさら強調されがちですが,発達障害そのものが犯罪に結びつくわけではなく,背景にあるさまざまな心理社会的要因が重なって犯罪という極端な行動・結果に至ってしまうと考えられます。コミュニケーションが改善されれば,社会との関係性が変わり,問題行動もなくなるかもしれません。コミュニケーションは相手あってのもの。コミュニケーション能力を高めるための訓練は必要ですが,同時に,彼らと接する人たちの理解を深めること,そして地域社会が適切な受け入れ体制・支援体制を持つことも重要です。塩川さんはそこに着目して,支援者や地域社会の側に働きかけ,地域全体で発達障害を持つ人をしっかりと抱えていくことができる「支援のまちづくり」の方法論を見つけようとしています。


被災地支援。 南三陸町の診療所支援中の一コマ(2011年4月)

 そのために,地域の持つ支援リソースのエンパワメントを目標にした活動を開始しました。その一つは,幼児期を支援する幼稚園や保育園での活動です。幼児期は,そもそも発達の度合いに個人差があり,それを同じグループとしてケアするのは大変な上,支援の体制も整備途上です。実際にいくつかの幼稚園や保育園で勉強会を開いてみると,多くの保育士がさまざまな困難に直面し,試行錯誤を繰り返していることがわかりました。また,園どうしの横のつながりが乏しく,個々の園が持つ知見や経験が活かされていないという課題も見えてきました。これは一般の子育てにもあてはまることです。インターネットなどを活用して情報の共有や蓄積が進めば,地域社会での支援リソースはもっともっと充実していくはずです。塩川さんはそのためのシステムづくりに取りかかっています。その活動と平行して,医学教育や地域ケア,医療の最新情報をそれぞれの現場にフィードバックしていく活動,さらにはまちづくりの専門家など異分野との協働も視野に入れています。

 


目指すのは「おたがいさま」の地域社会

 塩川さんは今も小児科医として子どもたちの診療にあたっています。しかし,発達障害に関しては医療ができることは少ないとも感じています。診断することはできてもそれ以上のことはあまりできない,むしろ家庭や地域での訓練やケアが重要です。脳神経科学や遺伝子レベルでの研究も盛んですが,それが医療現場に還元されるまでには長い年月がかかります。そこで,診察室の外へ出て,障害者や障害者を支援する人たちを支援しようと考えました。症状を持っていても,地域に受け入れられ社会に関わり貢献することができれば,それはもはや障害ではありません。目指すのは,支援する側とされる側という区別のない,みんなが助け合い支援しあう「おたがいさま」の社会。教育や医療・療育訓練の施設だけでなく,商店街や遊戯施設なども含めた地域全体で障害者を理解し,必要な情報を共有・活用しながら,すべての人が支援者になれるようなまちづくりが最終目標です。