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#067:生きている動物を透視する蛍光バイオイメージング(2016.11)

医学医療系 三輪 佳宏 講師

 2008年のノーベル化学賞は、「緑色蛍光タンパク質 GFPの発見と開発」を称えて下村脩さん(筑波大学特別招聘教授)、マーティン・チャルフィーさん、ロジャー・チェンさんに贈られました。チャルフィーさんは、下村さんが1961年にオワンクラゲから発見した、紫外線が当たると緑色に光る蛍光タンパク質の遺伝子を利用し、生きものに組み込んで光らせる手法を確立しました。そのチャルフィーさんが1994年にサイエンス誌に発表した論文を見た三輪さんは雷に打たれたと言います。大学院を修了して大学に職を得たばかりで、今後の研究の方向性を模索していたとき、そこに光明を見い出したのです。

 細胞の生化学的な機能に関する研究の常道は、シャーレの中の細胞塊をすりつぶして調べるやり方です。しかしそれでは、例えば細胞分裂(細胞周期)のさまざまな段階にある細胞のように、本来バラつきを持った細胞集団がごちゃまぜになるため、全体の平均値しか調べられません。そのことに歯がゆさを感じていた三輪さんは、蛍光タンパク質を使えば、細胞内で起こっている遺伝子スイッチのオン・オフを細胞1個ごとにチェックできることに大きな可能性を見たのです。しかもそれだと、細胞を生かしたまま観察できます。三輪さんは、この蛍光イメージングの研究に着手しました。


 研究について常に熱く楽しげに語る。後につづく科学を目指す世代を育てるために、
 小中高への出前授業の依頼にも積極的に応じている。

 その後、三輪さんの野望はさらに膨らみました。細胞レベルだけでなく、個体レベルの生きたマウスを蛍光イメージングで研究したいとの思いがつのったのです。しかし可視光(波長が380~650nmの光―1nmは10億分の1mm)は、体外までは届きません。その理由は、赤血球の色素であるヘモグロビンやその他の物質が可視光を吸収してしまうためです。なので、体内の蛍光物質が光っても、外からは見えません。緑色に発光する蛍光タンパク質だとぜんぜん見えません。ところが、波長が650~900nmの近赤外光は吸収されにくいため、可視光の10倍以上も深くまで浸透します。逆に波長がもっと長い光は、細胞内の水分に吸収されてしまいます。マウスは体が小さいため、近赤外光の浸透力があれば十分です。


 しかし、マウスを近赤外光で観察したところ、消化管が燦然と光り輝いていました。原因は餌です。これでは、たとえ病変部を光らせても、微弱な蛍光なので判別できません。飼料メーカーとの、近赤外光で光らない餌の共同開発が必要でした。当時市販されていた餌すべてをチェックしたところ、1種類だけ、光らない餌があったそうです。ところがその餌で飼育したマウスは、みるみるうちに衰弱したとか。そこで餌の成分の検討から始め、3年の歳月を経て、栄養的に申し分のない、光らない餌の開発に成功しました。測定装置開発の共同研究も難航しました。マウス専用の装置が完成した直後、メーカーが実験動物用機器の開発研究からの撤退を決定。研究室から装置が召し上げられてしまうという悲劇に襲われたのです。

 一方、近赤外光で光る蛍光タンパク質や蛍光色素、さらには特定の状況だけで光るマウスの系統を準備する必要もありました。たとえば動脈硬化になりやすい遺伝子改変マウスはありました。しかしこれまでの研究では、動脈硬化になったかどうかは解剖しなければわかりません。血管が細くてX線では見えないからです。病変した血管の蛍光イメージングが使えれば、それが可能になります。しかも病気の進行を同一個体で生きたまま追跡できます。現在、3種類の病気について、病気になったときだけ病変部が光るマウスの作成に成功しており、治療法と連動した研究が進んでいるそうです。その成果を発表できるのも間近とか。

 応用研究に励む一方で、三輪さんにはさらなる野望があります。たとえば肝臓は、肝細胞のほか血管系の細胞など何種類もの細胞で構成されています。発生の過程で、肝臓は、そうした異種細胞の相互作用によって形成されていきます。細胞をマークする色素を種類ごとに変えれば、異種細胞の相互作用を追跡できるのではないか。三輪さんはそれを、細胞社会、生命システムの解析と呼びます。それを実現するためのツール開発、研究者仲間の拡大に、三輪さんはファイトを燃やしています。

 芸術系の田中佐代子准教授と共に、サイエンスイラストレーションの授業も実施している。近赤外蛍光イメージング法を説明する作品。
 左: 芸術専門学群学群1年 柴田美咲さん(2009年度)
 右:芸術専門学群3年 黒木沙彩さん(2012年度)

 (文責:広報室 サイエンスコミュニケーター)

(2016.11.21更新)