JST news:科学技術振興機構(JST)

地球温暖化対策は「緩和」と「適応」の両輪で(JST news 2016.7月号)

地球温暖化対策は「緩和」と「適応」の両輪で(JST news 2016.7月号)

木村富士男(きむら ふじお)筑波大学計算科学研究センター 研究員 筑波大学 名誉教授

 地球温暖化対策は、温室効果ガスの排出をいかに削減するかの緩和策が先行してきたが、豪雨や猛暑など気候変動の 負の影響に対する適応策と合わせて推進せざるをえない程に切迫している。豪雨に備えた堤防の強化、気温上昇による熱 中症の予防、農作物の品種改良などが適応策にあたる。  国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で採択された「パリ協定」にも、各国が気候変動の負の影響に適応 する能力を向上させることが明記された。  昨年12月、文部科学省は「気候変動適応技術社会実装プログラム(SI-CAT)」を立ち上げた。自治体が適応策を検討す るための気候変動予測技術や適応策評価技術を「技術開発機関」が開発し、確実に社会に生かせるように「モデル自治体」 や「社会実装機関」を体制に組み込んでいる。JSTは「社会実装機関」として参画し、自治体の地域特性に応じた適応策の導入を支援している。

自治体の適応策を支える技術開発をめざして

 温室効果ガスの削減を進める緩和策に対し、適応策ではまず20 ~ 50年先の気候変動を予測し、その影響を 評価した上で、必要な社会的な対策を立案し実施する。  SI-CATは、地域のニーズに基づいた高精度な予測と評価技術を開発し、都道府県や市町村の政策への反映 など、適応策の社会への導入を目標としている。

地域特性を踏まえた適応策が重要

 「適応策は、一人一人が取り組むことができ ます。熱中症予防のために、エアコンによる室 温調整や水分補給をすることも適応策です」 と、SI-CATプログラムディレクターである筑 波大学の木村富士男名誉教授は語る。  SI-CATの前身事業である「気候変動適応研 究推進プログラム(RECCA)」では、富山県の 雪の将来予測と社会的影響を研究していた。  「富山県では2030年頃になると積雪地域 が海岸から大きく後退し、年間積雪量も40% 減少すると予測しました。一方で、短時間にま とまって降る豪雪の頻度はあまり変わらないと いう予測結果が出ました」。  積雪量が減少して除雪費用を減らせる反 面、雪に不慣れになり、過疎化や高齢化も進 むと除雪能力が低下するため、豪雪による雪 害死者数は増えると予測される。  日本列島は南北に細長く、地形も複雑であ る。豪雨や猛暑をはじめとする極端な気象、 農林水産物の生育障害や品質低下、熱中症や 感染症の健康問題など、気候変動の影響は、 気候や地理的条件、人口構成など、地域特性 に応じて多様な形で現れる。  SI-CATでは、「技術開発機関」である海洋 研究開発機構と国立環境研究所が、信頼度 の高い近未来の気候変動による影響の予測技 術や、高精度な気候変動の予測技術、適応策の効果の評価技術を開発している。適応策の 社会への導入に先駆的に取り組む「モデル自 治体」と協働し、現地の観測データの提供を 受けつつ、地域特有の課題の分析や適応策の 試行と改良を進める。

自治体の政策に反映する

 SI-CATの特色は、研究開発にとどまらず、 自治体への適応策の導入を支援する「社会実 装機関」が、社会科学や人文科学の研究者と 協力して、自治体のニーズを収集分析し、適 応策のシナリオを作成することだ。  「成果を自治体の政策や法令の改訂に取り 入れるなど、市町村に実際に動いてもらうと ころまでを目標にしています。社会への導入 につなげるための情報をしっかり出していきま す」と木村さんは意気込む。  7つのモデル自治体の1つ、長野県では、気 温上昇が特産品であるリンゴやレタスの生産 に影響すると推測される。高密度な観測点か ら得たデータで気候変動を予測し、気温上昇 を利用した品質の高いワイン生産に力を入れ るなど適応策を模索している。  また埼玉県は、内陸気候とヒートアイランド 現象により夏の気温が高く、熱中症搬送者の増 加や農作物への影響も心配され、暑熱に対す る適応策に積極的に取り組む。佐賀県や茨城 県、鳥取県、岐阜県、四国4県でも、高潮や洪 水など自然災害を防ぐ適応策を検討している。

これらの自治体は、似た環境の他の自治体が適 応策を導入するための、まさに「モデル」となる。  「適応策を進めるには、気候変動の将来予 測と社会への影響の正確なシナリオが理解さ れることが前提になります。農業関係者は昔 から地域の気候に対応して作物の品種改良 や転換の豊富な経験があるので関心が高いで す。市民や小中高生にも、自分たちの問題で あることを理解してほしいですね。夏は帽子を かぶる、温度や湿度に注意してこまめにエア コンを調整するなど、日常生活でできる適応 策から伝えていきます」。  研究者、自治体、市民の間をつなぎ、地域 の適応策を実現するSI-CATの取り組みが、 日本全国へ、やがては世界に広まれば、その 効果は計り知れない。