ハロー先端科学(大学新聞)

文化遺産 修復し「安定化」(2016.07)

きらびやかな装飾、巨大な石室……。遺跡というと華やかなイメージを持つ人も多いだろう。し
かし近年では中東や西アジアを中心に、紛争の中での意図的な破壊や損傷、観光客による落書き被害などが多発し、保存の重要性が増している。谷口陽子准教授(人社系)は遺跡の保存・修復に取り組むとともに、壁画の材料や使われる顔料などについて研究を行っている。
 遺跡の修復は、現地で遺跡の状態を確認するところから始まる。どこに傷や変色があり、どのような顔料が使われているか。また修復方法は遺跡の周囲の環境にも左右されるため、現地の降雨量や湿度、遺跡の岩の強度、付着している藻類なども綿密に調査する。言わば文化遺産の「カルテ」を作っていくのだ。
 顔料の種類は見ただけでは分からないものが多いため、谷口准教授は紫外線などを当て、反射した波長を調べて種類を特定することもある。
 准教授の調査が歴史的な発見につながったこともある。2008年、武装勢力が破壊したアフガニスタンのバーミヤン遺跡の修復中に、遺跡内の「18 歳選挙」機に座談会壁画が7〜9世紀にクルミ油など乾性油を用いて描かれたことを突き止めたのだ。それまで12世紀末のヨーロッパが起源とされていた油絵の定説を大きく覆す発見だった。
 こうして集めた情報をもとに、オリジナルの材料に近い物質を用いて遺跡を補強し、「安定化」していく。修復に使用する材料は、使用する素材の種類によって性質が大きく変わるため、何度も試作を繰り返す。だが、遺跡の保存はなるべく現地の人材が持続的に行うもの。オリジナルよりも強度が弱く、なるべく入手しやすい材料で修復するのが基本のため、制約も多い。
 同准教授は「新品に見違えるほどの過度の修復は、逆に遺跡の価値を下げてしまう。重要なのはオリジナルの情報を保つことで、それが出来れば将来も考古学的な研究を行うことができる。遺跡を安定化させる修復はあくまでそれを後世に残すためのもの」と語る。
 ただ、保存や修復に対する社会の理解が不十分な現状もある。
 日本では重要な資料の修復は特定の研究者しか行えない上、文化庁に配慮し、遺跡のサンプルの採集などすら行わない風潮が研究者たちにある。
 また、一部の国では美的な完成度を求めた修復がされることが多く、「オリジナルの持つ価値が失われてしまうこともある」と同准教授は嘆く。テロ組織による遺跡の破壊も問題となっている。古くから残る遺跡はテロの標的になりやすい。同准教授の活動の場のひとつである西アジアは戦争や紛争も多く、「紛争の多い現状では継続的な作業が難しく、修復にも限界がある」と話す。
 現状は厳しいが、「現地の人に修復の意義を伝えている」という准教授の目は未来を見据えている。「将来的には、現地の組織や研究者が遺跡を自主的に維持管理できるようにしたい」(徳永翼=日本語・日本文化学類2年)