聴(Tsukuba Communications)

実在しない世界を実感する 人と工学システムの絶妙なインタラクション

五感の中でも触覚には、温度や質感など皮膚の表面で感じるものだけでなく、重さや硬さなど筋肉で捉える
「手ごたえ」の感覚(体性感覚)があります。これは、行動に対する応答、つまり人と世界とのインタラクションか
ら生まれる、重要な感覚です。体性感覚をよりリアルに再現し、あたかもそこに「モノ」があるという感覚、それ
を思い通りに動かしているという実感の得られるバーチャル世界をつくる、それがバーチャルリアリティー学です。

行動と感覚がマッチする

最近の 3 D 映画はとてもリアルな映像を 提供しますが、観客が子を伸ばしても触れ るものはありません。押す力に応じて扉が開 く、踏み込む力から地面の凹凸が分かる、そ
ういった感覚は、自分の行動を実感するため に不可欠なものなのです。単に実在しない世 界を実在するかのように見せるだけでなく、 その中で行動した時に適切な手ごたえを感
じられるというのが、バーチャルリアリティーの 神髄です。周囲の世界が全く架空の映像だ としても、そとでの行動とそれに伴うはずの 体性感覚が整合していれば、その世界は十分
に「あり得る」ものになります。

この技術の応用として期待されている
のが外科手術のシミュレーターです。附属 病院の消化器外科グループと共同で、手 術器具を操作したり臓器を取り出す感 覚を再現するシステムを開発しています。 外科医の養成には時聞がかかる上に、患
者を練習台にはできませんから、効率的に トレーニングをするために、バーチャルリア
リティーは最適な技術といえるでしょう。 乙のような研究を始めたのは 1 9 8 0 年代後半のとと。まだ「バーチャルリアリ ティー」という言葉もなかった時代です。成
果を発表しようにも、「触感」は論文やポス ターではなかなか伝わりません。そこで考え たのが「実演」という発表形態でした。装置を体験できる「対話セッション」を、学会に初めて設けたのです。今では一般的です が、当時は画期的な発表スタイルでした。

デバイスアl トの世界を聞く

それでも学会は閉じた世界です。成果を 世の中に出してみたいという思いが募りまし た。1 9 9 6 年、オーストリアで開催される
「アルスエレクトロニカ」というメディアアート芸 術祭のインタラクティブアート部門に装置を 出品したととろ、見事に入賞し、一般来場者 に実機を体験して・もらう機会を得ました。
学会とは規模も対象者も大遣い。人々の反 応もまるで異なるものでした。

その時の作品は「Cross-active system」
というもの。2 人の参加者の一方の手のひらの 上で、もう一方の人が弄ばれるような感覚を
昧わう装置です。両者の関係性によって、そ こにはさまざまなコミュニケーションが生まれ ます。アートという意識はありませんでした が、そういう新しいコミュニケーションのアイデ
アも含めて、工学システムがアートとしても評 価されたわけです。
工学の枠組みを越えたととで、研究者同 士の議論では見えなかった課題やニ1ズが発 見され、ぞれが次の研究へとつながりました。 これまでに、剖点以上に及ぶ「体験できる
研究成果」を圏内外で展示し、工学と芸術 が融合したこの領域をけん引しています。そ

の活動は、ここ叩年ほEで コアパイスアート」 として広く認知されるようになりました。

「歩く」こともバーチャルに

デバイスア1ト作品のひとつに「ロボットタ イル」があります。乙のタイルの上で歩とうと すると、タイルは後方へ移動し、踏み出した足 は別のタイルが受け止めます。歩く方向は自
在。足の位置を検知して、タイルがその方向に 先回りしてくれるのです。歩いている本人は
普通に前進していますが、実際には足踏みで 飛び石を渡っているような動きになります。 タイルは上下にも動くので、階段やぬかるみな どの歩行感覚を表現することも可能です。

歩くという動作を組み込むと、バーチャル リアリティーの応用範囲は格段に広がりま す。例えば災害時の避難シミュレータ1 。ある 場所で火災が起とった時の映像を直径 1・5
メートルほEの特製球面ディスプレイに投影 し、ぞれを球体の内側から眺めると、あたか も火災現場にいるように感じます。さらに自
ら周囲の状況を把握し、逃げ道を探して歩 くことで、障害物を回避したり疲労を感じ るなど、地図上で経路をたどるよりもはるか にリアルな避難体験が得られます。

巨大ロポで世界観を変える

バーチャル世 界をつくり出す最先端の 装置は、時に無骨なまでの機械的な姿を しています。特に歩行感覚を正確に再現 するためには、複雑な機械の組み合わせや 微妙な調整が欠かせません。設計 段階か
ら試行錯誤の繰り返しです。それができる 研究室は、とこを 含めて世界で 3 カ所定 け。バーチャルリアリティーの研究にはもの づくりの技と情熱も要求されるのです。
現在製作中の巨大ロボット。高さ 5 メート ルの人型に近いものです。プログラムリーダー を務める「エンパワーメント情報学プログラ ム」で計画している新しいエンパワースタジオ
に導入される予定で、もちろん操縦可能で す。ロボットの操縦というと、コックピットに 座って操縦かんを握るイメージがあります が、乙の装置は自分の足で歩き、その歩行感
覚が拡張されます。巨大ロボットの動作や感 覚を自分のものとして捉える、そんな体験 をしたら世界観が一変するはずです。それ によって、アイデアや思想を表現する力や、
分野を横断して協働する力を身につける、 新しい人材育成を実現しようとしています。
バーチャルリアリティーは人と工学システ ムとのインタラクション。その表現形態とし てのデバイスアートを通して、リアルな研究・ 教育、そしてコミュニケーションの可能性を 広げています。

 

岩田洋夫教授(システム情報系)