筑波大学生物学類教員紹介

まだ誰も知らないことを見つける喜び」~シアノバクテリアのセンサーの究明と藻類バイオマスへの応用~

代表者 : 鈴木 石根  

鈴木 石根先生

気温や光量、栄養物質の量や質といった生物の身の回りの環境は常に変化しています。生物が生きていくには、そのような環境変化にうまく適応することが大切です。今回は、シアノバクテリアの細胞にある、環境を感知する働きを持つ「センサー」を主に研究し環境変化に対する代謝の変化を調べている鈴木石根先生にお話を伺いました。また、この研究はボトリオコッカスなどの藻類を用いた藻類バイオマス生産の研究にどう生かされているのでしょうか。 

様々な環境に住むシアノバクテリア

鈴木先生が研究をしているシアノバクテリアは原核生物で、光合成を行う一つの系統の細菌です。地球上のいろいろなところ生息し、南極や砂漠、植物に寄生して生きているものまで様々です。環境変化が少ない場所に生息するシアノバクテリアのゲノムサイズは小さく、環境変化が多い場所に生息するシアノバクテリアのゲノムサイズは大きいという特徴があり、環境適応性にバリエーションがあります。

生育に重要な環境応答とセンサー

高校生物の教科書に、植物には長日植物や短日植物があり、日長の長さを感知して、花を形成するということが書かれていますね。植物では細胞内にあるフィトクロムというセンサーが赤色光と遠赤色光を受容し、日長の長さを感知しています。このように、生物が環境に応答するためには、まず細胞が日長や光の強さなどの環境をセンサーで感知しないといけません。

これらのセンサーはタンパク質の分子です。シアノバクテリアの細胞膜には、低温や酸化、強光、浸透圧、塩濃度などの環境を感知するセンサーが存在します。シアノバクテリアの細胞では、1〜3個のセンサーで光や環境を受容し、細胞内でそのシグナルが遺伝子に伝達され、ダイナミックに遺伝子発現が変化し、環境に適応した代謝が起こります。

鈴木先生は、このシアノバクテリアのセンサーを用いて、代謝のしくみの解明や、人工的な代謝の調節を研究しています。例えば、生物がいかに効率よく環境に適応して生きているのかを知るために、ある特定の遺伝子をノックアウトして異常なセンサーを持つミュータントをつくり、様々なセンサーの働きを調べています。また、もともと細胞が持っていない人工的なセンサーを作り、細胞の代謝を外から人工的に変えることを目指しています。この研究により、現在注目を集めている「藻類バイオマス」の生産性を上げることができるかもしれません。

藻類バイオマスの生産性向上とセンサー

 近年、日本では、環境破壊や原発事故などの影響から、環境にクリーンなエネルギーが求められています。そのような中、筑波大学では、藻類バイオマスの実用化に向けた研究が行われています。

藻類バイオマスでは、ボトリオコッカスやオーランチオキトリウムという藻類を利用しています。ボトリオコッカスは直径10~20 μmの細胞が集まってコロニーをつくり、光合成をして炭化水素のオイルを生産します。オーランチオキトリウムの大きさは直径5~20 μmで、光合成をせず、炭化水素のオイルを生産します。これらの藻類を大量培養し、生産されたオイルをエネルギーとして利用可能にしようというのが藻類バイオマスの研究です。

しかし、藻類にとって多くのオイルを生産することは負担がかかり、細胞自体の生育が阻害されてしまいます。細胞の生育が阻害されてしまうと、オイルの生産も減ってしまいます。そこで、鈴木先生の研究する、細胞の成育のための代謝とオイルを生産するための代謝をうまく切り替えるような人工的なセンサーが必要とされています。栄養物質の量などの培養環境を切り替えることで、細胞の生育とオイル生産のバランスを保ち、生産性を向上させることができるようになります(図1、2)。

また、藻類の培養には、窒素やリン酸などの無機栄養が必要ですが、それらの栄養源を生産するには大量のエネルギーと費用がかかっています。そのため、鈴木先生は窒素源やリン酸が多く含まれている下水を利用した培養にも取り組んでいます(図3)。

藻類バイオマスの研究は生物を利用した応用的な研究ですが、この研究は基礎研究の成果から成り立っています。基礎的な生物の仕組みなどがわからないと応用はできません。応用できるかできないかわからないことでも、基礎的な知見を広げることはとても重要です。鈴木先生は「自分の研究を誰かが応用してくれたらうれしい。そのようにして応用研究につながればいいな」と考えて研究しています。

図1 藻類の物質生産のしくみ

図2 藻類バイオマスの生産性向上に向けた環境づくり

図3 下水を用いた藻類バイオマスの流れ

トウモロコシから始めた遺伝子発現の研究

鈴木先生は、ちょうど高校時代にバイオテクノロジーという言葉が一般的に聞かれるようになり、分子生物学に興味を持つようになりました。意外にも、特定の生物を研究したいと思って大学へ進学したわけではなかったそうです。

卒業後のことをあまり考えないまま、大学院の試験で面接官に卒業したらどうするか聞かれ、鈴木先生は、「僕が博士まで行ってもやっていけそうですか」、そう面接官の先生に尋ねました。すると、頑張って取り組めば大丈夫と言われたので、そこで初めて博士課程まで進むという選択肢を考え始めました。

鈴木先生は学部4年の頃、遺伝子発現について研究をしようと、トウモロコシの研究を始めました。しかし同じようなテーマで研究している先輩が他にもいました。何か違うことをやりたいと思っていたところシアノバクテリアを研究している先生が研究室に来られて、それをきっかけに博士1年の途中からずっとシアノバクテリアを研究してきました。 

研究は失敗の連続

 鈴木先生は博士課程の終わり頃、4年生の学生さんと研究していたときに、自分の提案ではなく4年生の学生さんが提案したことが正しいと実験からわかったことがありました。それからは自分の考えだけでなく、学生さんが提案することも尊重しないといけないと思って研究しているそうです。鈴木先生は「学生さんの実験がうまくいったときはうれしい」ともおっしゃっており、とても学生さんのことを考えていらっしゃるのが伝わってきました。

「ほとんど失敗なんですよ。実験って」。実際の研究では、上手くいかないことばかりで、何度も考え直して実験します。それでも上手くいかないこともありますが、とにかく何度もやり直すうちにわかるときもあります。そのようにして新しいことを見つけてきた鈴木先生は、「(失敗しても、)この方法は上手くいかないってことがわかるから失敗したっていい。だけど、『まだ世界で誰も知らないことを自分が証明できた』というときはすごく感動」。そう熱を込めておっしゃっていました。

最後に、鈴木先生から生物学を志す人へのメッセージをいただきました。「失敗することは当然。それであきらめちゃだめ。そこから何かを学べばいい。どんな大打者でも10回打って7回失敗ですから。大打者でなくても、10回打って1回ヒットが打てればいい。30回打てば大打者と同じ数のヒットを打てるから。そう思って頑張ろう」。

 

 

写真1、写真2の説明

写真1はシアノバクテリアを寒天で固めた培地で培養している様子です。バクテリアや酵母などを寒天培地で培養する際は炭素源として利用できる有機物を寒天培地に添加します。一方、シアノバクテリアは光合成により空気中のCO₂を固定して生育できるため、寒天培地に炭素源となる有機物を添加せず、光を照射して培養します。
写真2はシアノバクテリアを液体培地で培養している様子です。ガラス管を通して試験管の中に1%CO₂を加えた空気を通気し、光を照射して培養しています。細胞がよく成長すると色が濃く見えます。

 シアノバクテリアはクロロフィルやカロテノイドの他に青色の色素タンパク質を集光性アンテナとして作っています。そのため、シアノバクテリア(藍色細菌)や藍(ラン)藻といわれます。青色の色素タンパク質を持たない陸上植物や緑藻は黄緑色っぽいですが、元気よく育つシアノバクテリアは青緑色っぽく見えます。 

シアノバクテリアの蛍光を発する青緑の色に多くの人が魅了されます。筑波大学の生物学類1年次に行われる実験でもシアノバクテリアを見ることができます。

【取材・構成・文 諸見里玲奈】

PROFILE

鈴木石根教授

筑波大学 生命環境系

1966年生まれ。1995年に名古屋大学で博士(農学)を取得。微細藻類の代謝の調節や、新しい代謝の仕組みを研究している