筑波大学OCW

【病院とアート】授業から派生したアートプロジェクト

【病院とアート】授業から派生したアートプロジェクト

2016年4月10日 at 5:13 PM

筑波大学
芸術系 准教授(建築デザイン)
貝島 桃代
 

筑波大学で病院のアートが生まれたのは2002年のことだった。芸術系教員が筑波大学附属病院や近隣の筑波メディカルセンター病院を拠点とし、アート・デザインによる療養環境改善に主眼を置いた医療支援活動を始めたのがきっかけとなっている。その後、この取り組みは大学を開く”アートデザインプロデュース (ADP)”という授業のひとつとして定着し、芸術系のみならず様々な分野の教員と学生が活動を展開してきた。貝島桃代准教授(筑波大学芸術系建築デザイン領域)も長年指導に努めてきた一人だ。

貝島「もともと筑波大学は産学連携や地域と関わる仕事をしてきました。そのひとつとして病院とも関わることになったんです。その活動に学生も一緒に取り組んだところ、とても熱心に生き生きとしていたんですね。そうした経験から授業にできないかということで、ADPが生まれました。大学が社会と協働しながら様々なことをするというのは、学生にとって学内外のいろんな人と協働することになるんです。コミュニケーション力やコーディネーション力、コラボレーションする力が必要とされます。自分と学問の世界で閉じこもってしまうことが多い中、社会からの反応が得られるので学生も手応えがあったのではないでしょうか」

ADPは学群1年生から大学院2年まで参加することができる。全学むけの共通科目であるため、多様な専門領域の学生が参加している。長期間に渡りプロジェクトに関わることで、学生の成長はもちろん、医療現場の反応にも変化が見られるようになってくる。現場からの理解と共感を得られるにつれ、病院側とアート側の連携を図ることの重要性や活動を継続するための枠組みが必要となってきた。
 

筑波大学 芸術系 准教授(建築デザイン)
貝島 桃代

病院アートという表現の場を作るとともに、社会と芸術の架け橋となる人材を育成するため、「いきいきホスピタル」が生まれた。この取り組みは[文化庁助成筑波大学プログラム「『適応的エキスパート』としてのアート・マネジメント人材の育成 -病院を活用した多様空間・異分野協働によるアート・マネジメント能力の向上に向けて-」の活動の一環として採択されている。

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ここからは、「いきいきホスピタル」の活動の一部を紹介しながら、病院アートコーディネーターの役割と未来に迫っていく。

病院に彩りを添える「アスパラガス」

アートプロジェクトチーム「アスパラガス」は2005年のADP発足後、最初に学生たちが作ったグループだ。殺風景だった病院の渡り廊下を明るいギャラリーに改装し、病院職員や患者、見舞いに訪れた人など様々な来訪者を巻き込んだワークショップを展開。鮮やかで温かみのある作品を多数生み出している。
 
 
病院内という特殊な環境で、しかも年齢や健康状態も様々な人を対象にしたワークショップでは、作品制作に使用する素材や工作道具などに細心の注意を払うだけでなく、参加者の都合を妨げない制作時間設定や作業工程など、ワークショップ自体の方向性に関しても工夫が凝らされている。
 

筑波大学 芸術系 准教授(建築デザイン)
貝島 桃代

貝島「これらのワークショップはどれもなるべく短い時間で作品が出来上がるもので、色使いなども明るく元気付けられるもの。さらに作りながら想像を膨らませたりできるものにしています。カチッと完成品が決まらない、参加者が自分の個性や想いを反映できるようなワークショップを学生たちは考えています。いわゆるアートの学生からすれば、当然自分の技術をもって高いゴールを目指していくことが創作活動になると思いますが、これはみんなで創ること、その総体がユニークであるということがゴールなんです」
 

病院の空間を提案する「パプリカ」

貝島「「アスパラガス」が病院アートのワークショップ開発を進めているのに対し、デザインを専門とする学生が多かったのが「パプリカ」というグループです。病院内の空間を具体的に提案するというのが主題になっています。当初は、「アスパラガス」が作ったギャラリーで使用する椅子を作ったり、筑波メディカルセンター病院の待合ロビーで使う飲み物を置く小さな葉っぱ型のなテーブルをデザインしていました。その他にも、ラウンジのカーテンをデザインしたり、家族控え室の家具などのしつらえを整えたり。徐々に規模を拡大して、部屋そのものの建築デザインを担当するようになってきました」
 
「パプリカ」も「アスパラガス」同様、ADPの取り組みのひとつとして派生したものだ。 インテリア、プロダクト、さらには建築まで含んだ空間の提案は、現場のリサーチからアイデア出し、実施と運用まで非常に長い期間がかかる。長期間のプロジェクトを可能にするADPの枠組みだからこそ実現できたと言える。
貝島「本来、建築もプロダクトも長い時間をかけて取り組むことで進化しますが、大学の一般的な授業でのタイムスケジュールで考えると取り組む期間が短く制限されてしまいます。一学期間の課題提出では本質的なものづくりを進めるには時間が足りません。その点において、ADPは2年間の単位になっているので、1年目に調査をして2年目に作るという、本当にものづくりの現場としての時間を持つことができます。さらに、提案をするにあたって学生が調査をして、データをもって実証するプロセスを持つようになりました。お医者さんとのコミュニケーションが高まったと思います」
 
筑波メディカルセンター病院の4階にある家族控え室(15㎡ほどの部屋)を、その利用方法から見直し、実施施工による空間改修を行った。いばらぎデザインセレクション2015知事選定受賞(ソーシャルデザイン分野)。
 
 
筑波メディカルセンター病院の地下にある核医学検査室の待合室を明るい空間に変えるため天井改修を行った。病院職員とのワークショップと会議を重ねてデザインが検討され、照明「空あかりうむ」が完成した。

身近な妖精「ゴブリン」ワークショップ

「いきいきホスピタル」では週に1度、筑波大学附属病院小児科に入院している子ども達とその家族を対象に、アーティストの小中大地氏による「小児科ゴブリンワークショップ」を開催している。「ゴブリン」とは、身近なものを擬人化した人形のこと。ものへの想像力を働かせることで様々な表情・性格の”妖精”を創り出す取り組みだ。
 
 
貝島「小中さんとの出会いは「アスパラガス」の発足から4年目の2009年です。今までは、学生が自分たちのグループ内でワークショップの開発をしていました。継続していく中で、自分たちの内部だけでやっていることに迷った時代がありました。そこで、自分たち以外のアーティストを招く、いわゆる”アーティストインレジデンス”を「アスパラガス」でやろうということになったんです」
アートを作る側に立つのではなく、アートを作る誰かのサポートになる。媒介者の立場で活動をしたいという学生が「アスパラガス」の中から現れた。

貝島「そういった経緯で招いたアーティストのひとりに当時学生だった小中大地さんがいました。小中さんは小学校などでゴブリン制作をやっていて、それを病院内で実施することを提案書として持ってきてくれました。それをアスパラガスが応援したのがはじまりでしたね」

 
 
「アスパラガス」が作ったギャラリーでの展示。

病院にまつわる身近なものを擬人化している。

会期のフィナーレには、制作した多数の「ゴブリン」をカートに並べて院内をパレードした。

小中氏は筑波大学大学院前期課程を終了後、別の場所で活動をしていたが、「いきいきホスピタル」の発足に伴い「ゴブリン博士」としてチームの一員となっている。
 
 
クリスマスツリーの飾りを作るワークショップ。ワークショップは基本的に小児病棟のプレイルームで開催しているが、病室のベッドサイドで実施することもある。
 
 
大阪府の精神病院・阪南病院にてワークショップを実施した。当院にて庭園療法を実施しているデザイナーがコーディネートを担当し、看護師、作業療法士らとのサポートのもと、コラボレーションが実現。子どもと大人の患者が参加した。
 
 

筑波大学 芸術系 准教授(建築デザイン)
貝島 桃代

 
日 付: 2016年4月10日
 

タグ: 病院とアート, 貝島桃代